2013年05月30日
転移の謎
間 黒助です。
一昨日書いた 『 マクロファージの裏切り 』 、
昨日書いた 『 ガン化の始まり 』 の続きになりますが、
傷口の修復手順である創傷治癒過程で起こる現象で、
もう1つガン化と非常に大きな係わりを持つのが、
『 上皮間葉転換(EMT) 』 と呼ばれる現象です。
人間の体内の臓器にできるガンは、
ほとんど(約8割以上)が上皮細胞にできる上皮ガンです。
そして上皮というのは、
体内の粘膜を作っている組織で、
人間の体の内側は全部粘膜で覆われていると言ってもいいです。
しかし、
多分ここで疑問を持った方が多いと思いますが、
人間の体内の臓器にできる固形ガンと、
人間の体内組織を覆っている粘膜との間には、
見た目からいってもあまりに大きな隔たりがあるので、
それは信じ難いということだろうと思います。
実際、
体内各部のヌルヌルした粘膜組織と、
見るからにいやらしい姿をした固形ガンとでは、
あまりに違うと言えば違いますからね。
その疑問はその通りで、
ガン化するとき、
上皮(粘膜)細胞が一挙にガン細胞に変わるわけではありません。
その中間段階があります。
それが 『 上皮間葉転換 』 と言われるもので、
上皮細胞が、
まず1度、間葉細胞に姿を変えるのです。
間葉細胞というのは、
体内のあらゆる組織と組織の間にあるつなぎ(結合組織)の細胞で、
そもそも上皮細胞とは形が違うのです。
同じ形できれいに並んでいた上皮細胞が、
圧迫されて菱形の間葉細胞になった途端、
間葉細胞が移動能力を獲得して動いてしまうのです。
要は、
傷口の治癒過程で起きた細胞移動によって、
傷口がふさがれていく過程と同じことが、
ガンでも起きていると考えられているわけです。
上皮間葉転換とそれによる移動能力の獲得というプロセスは、
生命進化史上のごく古い段階で起きた画期的なことであって、
それ以来、
上皮間葉転換に関わる遺伝子は、
あらゆる生物が個体発生のごく初期のところで、
必ず使う遺伝子の1つになったということになります。
具体的に言うと、
受精卵から出発して、
身体各部が出来上がっていく過程のあらゆる場面で、
先に出来上がった身体各部が、
しかるべき場所に移動していくということが何度も何度も起きるわけですが、
その全ての移動において利用される遺伝子が、
これと同じ遺伝子なのです。
ハエやミミズの体内でも人体でも、
ガンの転移の原因となる遺伝子は同じです。
受精卵の胚の中にある、ある部分から別の部分へと、
正常な細胞が移動できるようにするものです。
それと同じ遺伝子を利用してガン細胞は転移する力を得ています。
つまり、
生命の自然なシステムで、
ヒトとハエの最後の共通の祖先は、
6億年から6億5000万年前に存在していて、
その後、別々に進化しました。
しかし、
ヒトはいまだに胎児が発達する段階でハエと同じ遺伝子を使っているのです。
それがガンの原因となるわけですが、
それらの遺伝子は6億年間ほとんど変化していません。
同じ遺伝子で、同じ役割を持っています。
6億年ほど前、
多細胞生物が地球に発生した時点でガンのリスクが生まれました。
多細胞であれば、
その中の1つが異常な行動をし始める可能性があるということなのです。
多細胞生物の存在そのものがガンのリスクだと言えます。
ガンは産業社会が生んだものではありません。
ガンは6億年前から存在しているのです。
僕達はライフスタイルを変えることで、
ガンになる割合を増やしたり減らしたりすることはできます。
しかしガンは現代の産物ではありません。
ガンは、
全ての多細胞生物にとって、
本質的で先天的な宿命の病なのです。
ガンは全ての多細胞生物の宿命だと考えれば、
自分がガンになるのも仕方ないことではないかと納得してしまいます。
なぜガンがそれほど恐るべき力を持っているのか。
とにかくガンというのは、
色々な手段で叩こうとしても、
ガンのサバイバル能力というのは圧倒的で、
死んだと思っても死なない、その繰り返し繰り返し再発して、
さらにはどこか違うところに飛んでいく転移という現象を起こします。
ありとあらゆる手段を自ら作り出して困難を突破していくガンの能力というのが、
ありとあらゆる困難な状況の中で生命というものが生き抜いてきて、
今日の生命に溢れる時代みたいな、
そういう時代を生き抜いた、
生命の歴史そのものがガンの強さに反映しているということなのでしょう。
ガンは自分の外にいる敵ではなくて、
自分の中にいる敵というか、
「あなたのガンは、あなたそのものである」 という、
そういうことなのです。
だからそういう2重の意味でガンという病気は本当に一筋縄ではいきません。
ガンという病気そのものの中に、
生命の歴史何億年の、歴史そのものが込められた力が継続して生きています。
そういうことが1つありますし、
それからガンの強さは、
実はある意味では自分自身の強さというか、
自分自身の中にある生命というシステムでもあるわけです。
だからガンをあまりにもやっつけることに熱中し過ぎると、
実は自分自身をやっつけることにもなりかねないという、
ガン治療の物凄く大きなパラドックスというのがそこにあると思います。
このようにして獲得された転移能力こそ、
ガンの強さの根源みたいなところがあります。
つまりガンは、
60兆個の細胞が生存を続けていく生命の通常の営みの中で不可避的に発生します。
そのように不可避的に生まれた最初のガン細胞巣は原発巣と呼ばれます。
ガンの患者さんの多くは、
原発巣のガンが発展して死に至るのではなく、
それがどこかに転移して、
転移した先のガンが原発巣よりずっと悪性化したしぶといガンになって、
転移先のガンで死に至る方が多いと言われます。
しかし、
実はそこのところが必ずしもよく分かっていないのです。
転移のメカニズムがまだ充分に分かっていないことにも原因があるのですが、
あるガンが、
本当のところどこかに原発巣がある転移ガンなのか、
それとも、
そこで独自に発達してある時点から外在化したのかは、
よく分からないので、
個々のガンについて諸説が入り乱れることがあります。
転移の経路は、
基本的に原発巣のガンが血管の中に入って、
血流によって遠いところに運ばれるのだと考えられています。
しかし、
そこのところも実はまだよく分かっていないところなのです。
ガン細胞は基本的にどこかに足場を確保して、
そこで育っている限りは生きていられますが、
足場から離れてしまうと、
途端に生命維持が難しくなると考えられているからです。
そして、
心臓周りの血流の速さがガン細胞にとってあまりにキツ過ぎる(秒速100m以上)ので、
ガン細胞が全身循環系の主要な動脈に入って何度も叩かれると、
たいてい参ってしまうと言われています。
ガンが色々な臓器に転移するのは、
その中で血流が緩んで、
ガン細胞がそこに漂着して、
新たなコロニーを作りやすいところが見付かるからだと言われています。
いずれにしてもガン細胞が、
血管に入ることで転移するのがメインルートなら(リンパ管を通って転移するルートもある)、
血流をモニターして、
そこを流れているガン細胞の数をカウントすることで、
転移の危険性を判定できるはずです。
そういうアイデアは誰でも容易に思い付くので、
これまで多くの試みがなされてきましたが、
実はあまり成功していません。
引っ掛かるガン細胞の数があまりにも少なかったのです。
それでガン細胞は血流の中ではほとんど生きられないのだ、
と考えられるようになったという経緯があるわけです。
しかし最近になって、
全く新しい発想で開発された 『 CTCチップ 』 なるものを用いることで、
これまで数百倍の感度で血中を流れるガン細胞を捉えることが出来るようになりました。
これは、
半導体のチップを作るのと同じ技術を用いて1つ1つのチップの中に、
約8万本の極微のプラスチックの円柱を立て、
その1本1本に特定のガン細胞を捕まえるための抗体を、
ビッシリ貼り付けてしまうというものです。
このチップの中に特定の患者さんの血流の導入して、
その人の血流の中のガン細胞をリアルタイムで拾い上げることで、
病状の診断もできるし、
治療成果を測ることも出来るというわけです。
半導体チップと同じ生産過程で出来るので、
大量生産が可能だし、
1個1個のチップを安くして、
近い将来、誰でもいつでも利用できるようになるかもしれません。
感度が数百倍上がったので、
これまでガン細胞など血流中にないと思われていた患者さんの血中からも、
ガン細胞がどんどん見つかるようになって、
ガンの病態の捉え方が大きく変わりつつあります。
そういうデータがもっとたくさん出てくるようになると、
これまでよく分からなかった転移のプロセスが、
さらによく分かるようになると思います。
最後にCTCチップによる検査のデモンストレーションを見て頂きたいと思います。
CTCチップの本デモンストレーションの中で、
血液(蛍光標識されていない)に混合した、
循環腫瘍細胞(蛍光標識されて白く見える)は、
チップ内に流れる際にナノスケールのポストに捕捉されます。
チップは顕微鏡用スライドのサイズで78,000本のポストがあり、
ポストには腫瘍細胞の上皮細胞接着分子に対する抗体がコーティングされています。
(ビデオ提供者はマサチューセッツ総合病院/ハーバードメディカルスクールの、
Dr.Sunitha Nagrath 氏)
Posted by ブラックジャックの孫 at 14:36
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