2013年07月29日
発酵によってエネルギーを作るガン細胞
間 黒助です。
1956年、
著名なドイツの生化学者オットー・ワールブルクは、
アメリカの科学雑誌 『 サイエンス 』 に、
「ガン細胞の起源について」という題の講演記録を発表しました。
その中でワールブルクは、
「ガン細胞では呼吸を行う構造が壊れており、
代わりに発酵によって※ATPが生産されている」
という自身の発見の重要性を論じました。
※ATP(アデノシン三リン酸)は、
生体内でエネルギーを保存する物質であり、
細菌から人間まで多様な地球上の生物が共通して利用しています。
ATPは合成されるときにエネルギーを吸収し、
分解されるときにエネルギーを放出します。
ワールブルクは細胞の呼吸研究の権威であり、
1931年には呼吸の研究でノーベル生理学医学賞を受賞しています。
正常な細胞は、
酸素が十分にある環境で分裂するとき、
そのエネルギーの大部分が 『 呼吸 』 によって作り出されます。
呼吸は酸素を用いる一連の生化学反応であり、
次のように進んでいきます。
①細胞の外部からブドウ糖(グルコース)を取り込み、
それを2つに割ってピルビン酸という原料分子に変える。
②原料をATPの大量生産工場であるミトコンドリアに運び入れる。
③ピルビン酸を少しずつ分解していき、
それによって解放されるエネルギーを使ってATPを作る。
④原料は最終的に水と二酸化炭素に分解され、
1個のブドウ糖から合計36個のATPが作り出される。
一方、
例えば急激な運動をした後の筋肉のように、
酸素が細胞に不足している場合にはエネルギーは別の過程で蓄えられます。
この時ブドウ糖はピルビン酸には分解されますが、
ミトコンドリアに運ばれることはありません。
ピルビン酸は乳酸に変えられ、
その多くが細胞外に排出されるのです。
これは 『 発酵(解糖) 』 と呼ばれる過程であり、
ブドウ糖1個から生み出されるATPはわずか2個だけです。
ワールブルクは、
ガン細胞は酸素の十分ある条件下でも、
効率の悪い発酵に頼ってエネルギーを得る、
という奇異な現象に注目しました。
ワールブルクは、
今日では 『 ワールブルク効果 』 と呼ばれるこの現象こそがガンの原因であり、
ガン治療に選択肢をもたらすもの、
すなわち、
ガン細胞のみの攻撃を可能にするものであると論じました。
ワールブルクはまた、
肝臓が再生するときのように、
正常な組織が急速に分裂するときには、
依然として呼吸が優勢であるのに対し、
未分化な肝細胞では発酵の比率が大きいことも指摘しました。
そして、
発酵が呼吸より優勢になるのは、
細胞の分裂が速いためというより、
細胞が十分に分化していない、
すなわち、
未分化であるためと考えました。
ワールブルクは、
この講演の最後に、
「ガンの本質はここにある。
昨今、盛んな “ 変異 ” “ 発ガン物質 ” “ ガンウイルス ” などの研究は、
本質を見誤らせるものであり、
ガン治療の発展を遅らせるという意味で有害でさえある」
と断じました。
ワールブルクのこの排他的な主張が正しくなかったことは、
その後のガン研究の流れを見れば明らかです。
しかし、
ワールブルクの発見した現象自体は、
それ以後ガンを研究する人々の脳裏に深く刻まれることになりました。
ガン研究者達は何か新たな発見や概念がもたらされるたびに、
「これでワールブルク効果を説明できるだろうか」
と自問することが通例となったのです。
今では、
ガン化に関わる多くのシグナル伝達経路は、
細胞内で解糖(発酵)を促進し、
呼吸を抑制する作用を持つことが分かってきています。
またワールブルクは、
呼吸の低下を “ 欠陥 ” とのみ捉えていましたが、
いくつかの観点から、
むしろ “ 優位性 ” と見ることもできるという説も出されています。
例えば、
呼吸によってATPを生産するには時間がかかりますが、
解糖はすばやく起こります。
そのため、
材料さえ十分にあれば、
解糖はエネルギーを手っ取り早く出すには良い方法と言えます。
事実、
一部のガン遺伝子は、
細胞へのブドウ糖の取り込みを増大させる作用を持つことが知られています。
また、
多くのガン組織では、
細胞がギッシリと詰まっているために、
血管による酸素供給が滞り、酸欠状態に陥りがちです。
酸素消費量の少なくて済む解糖は、
そのようなガン特有の微小環境に適応した優れたエネルギー取得法と見ることもできます。
さらに、
糖を二酸化炭素と水にまで徹底的に分解しつくしてしまう呼吸と違って、
解糖で生ずる乳酸は、
生体で必要になる別の分子(例えばアミノ酸)を作り出すための良い材料にもなります。
Posted by ブラックジャックの孫 at 14:36
│人間はなぜガンになるのか